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人物プリズム(9)
鳩山幸‐夫のDNAを開花させた女
義母を継いで鳩山家の「ゴッドマザー」になるとき


■目の前に白馬の王子が…
 鳩山家は代々夫人でもってきた"女系家族"だ。
 由紀夫氏(62歳)の曽祖父・和夫(元衆院議長)の妻・春子は共立女子職業学校(現・共立女子学園)の創始者の1人、祖父・一郎(元首相)の妻・薫は元共立女子学園の第7代学園長。春子は、共立女子学園を継げるほどの才覚を認めて、薫を養女にしている。当初から一郎の妻にと考えていたわけでもなかったといわれる。
 そして父・威一郎(元大蔵省事務次官・元外相)の妻・安子さんはブリヂストン創業者・石橋正二郎の長女である。
 安子さんはいま一族の中での発言力、影響力、資金力の大きさから鳩山家のヤゴッドマザーユといわれる。'96年、旧民主党結成時、新党さきがけの代表幹事だった由紀夫氏に、こうけしかけている。
「あなたも邦夫も議員バッジをはずして2人で新党をつくりなさいよ」
 そのための資金は用意してあるというわけだ。
 祖父・一郎は官僚でも軍人でもない大正時代の党人政治家として保守合同をなしとげ、首相になった。党人派の石橋湛山、三木武夫らが首相に就く素地を作った。一方の官僚出身の吉田茂に対抗した政治家として名を残した。ゴッドマザーには「夢をもう一度」という想いがあったのかもしれない。その彼女もいま、病に侵され、病床にある。
 その彼女の跡を継ぐのが、ファーストレディになった幸さん(66歳)と目されている。
「鳩山家は女権家族。一郎夫人、威一郎夫人、彼女たちはいつもクレバーだった。夫の女性問題で目くじらを立てて家庭がゴタゴタしたり、政治的な立場を危うくするようなことは決してしない。旦那はある意味で女房の掌の上に載っている。邦夫氏の場合は違うが、由紀夫氏もそうだ」(政治評論家・小林吉弥氏)
 由紀夫氏は性格的にも政治家には向かないと考えられていた時期があり、学者の道を歩んでいた。だが、幸さんと結婚して、鳩山ファミリーに流れる政治家としてのDNAに目覚めていくのである。
「由紀夫氏には政治家としてのDNAがあり、それを開花させたのは間違いなく幸さんだ。彼女と出会っていなければ、由紀夫氏は学者の道を歩んだだろう」(前出、小林氏)
 しかし、幸さんのこととなると、由紀夫氏と深い交流があったと思われる人でも知らないという人が多い。
「コンサートなどにはいつも2人一緒で仲がいいよ。ただ、幸さんについては、あまりよく知らないんだ」('96年、新党さきがけを離れて旧民主党を立ち上げたとき、さきがけに残った渡海紀三朗氏)
 たとえば、両親、とくに父親については、「貿易商だった」とパターン化された話しか出てこない。
 幸さんは、楠瀬幸雄氏と秀子さんの二女として、1943年、上海で生まれた。神戸海星女子学院を出て、16歳のとき宝塚音楽学校に入学、その後宝塚歌劇団に入団、芸名は「若みゆき」だった。
 だが幸さんは父についてこれまであまり語っていない。
 父親が亡くなったのは、『週刊文春』によると、米国に渡り母と離婚して米国人と結婚し、幸さんが宝塚音楽学校に入る前の15歳のとき。
 その父の導きか、幸さんはある社長からサンフランシスコで日本料理店を経営する男性を紹介され、米国に渡るのである。間もなくその男性、田浦新一郎氏と結婚するのだが、そこに現れたのが、同じ社長の紹介で留学のためやってきた由紀夫氏だった。
 その出会いが由紀夫氏の「略奪婚」に発展していく。由紀夫28歳、幸32歳のときだ。結婚式は、日本から安子さん、幸さんの母親など、ごく少数が参加して、米国で行われた。鳩山家がすんなり幸さんを認めたわけではないようだが、祖母・薫さんの「好きな人と結婚するのが幸せなこと」の一言で決まったといわれる。
「略奪婚」の実態はどうだったのか。
「昔のことですから。少し話しただけでいろいろと書かれたものですから、お互い家庭があるし、違う人生を歩んでいるので放っておいて下さい」(米カリフォルニアミルバレーに住む田浦新一郎氏)
 田浦氏との仲はよくはなかったようだが、鳩山ブランドの王子にクラッときたのか。
「計算があったのかはわからないが、そんな状況のときに、目の前に白馬に乗った王子様が現れて『アイラブユー』と囁かれたら心を動かさない人なんているだろうか」(宝塚時代からの親友、俳優故・高橋悦史夫人の高橋光代氏)



■夫を「宇宙人」と呼ぶ妻は
 米国で長男・紀一郎を出産。その後帰国して由紀夫氏は大学、幸さんは子育ての生活が始まる。そして'86年の総選挙に突然、出馬する。
 幸さんはもちろん、何も知らないまま、選挙区である曽祖父・和夫が開拓した地域で縁のあった北海道室蘭で、由紀夫氏と手分けして一軒一軒、個別訪問して歩いた。
 選挙では、父威一郎氏、由紀夫氏、そして邦夫氏3人がそろって当選。幸さんが、ゴッドマザーの跡を継ぐのではないかといわれるのは、政治家夫人稼業では10年先輩の邦夫氏のエミリー夫人が、おっとりしていることだ。
 幸さんは如才ない。
「エミリーさんが邦夫さんと結婚する前に、お姉さんが石橋家創業者の孫と結婚している。ひところは安子さんは幸さんよりエミリーさんに声をかけることが多かった。ところが幸さんは自分から努力して義母に接触していった。それと、由紀夫氏・幸さんの1人っ子、紀一郎さんが東大に合格したあたりから、エミリーさんと義母の関係より、幸さんとのほうが近くなったようだ。エミリーさんの長男は早大政経学部だった」(鳩山家の家庭事情に詳しい関係者)
 たしかに安子さんは、かつてこう語っていた。
「父(一郎)に鳩山の嫁は子どもを東大に入れられないようでは困る、といわれまして。(中略)幸い2人とも合格してホッといたしました」(『東京人』'04年6月号)
 由紀夫氏と邦夫氏が時々、衝突するのは鳩山ファミリーのこういう事情もあるようだ。
 '02年8月、由紀夫代表(民主党、当時)が、仲間と東京・新橋に「居酒屋トモト」をオープンし話題になった('05年末まで営業)。当時、民主党は自由党との合流問題を抱えていたため、「代表選に向けて庶民性をアピールするためでは」との憶測を呼んだ。
「このとき、従業員のお客様への接し方などは幸さんが教えた。幸さんは出しゃばりとかいわれるけどそうではない。由紀夫さんが落選しそうだった'00年の総選挙のとき、幸さんは『鳩山幸Have a Nice Time!』という本を出している。少しでも夫の選挙のプラスになればと考えてのことだ」(店の共同経営者で、現参議院議員の平山誠氏)
 幸さんは「スピリチュアル」が旺盛なことでも有名だ。
 夫を「宇宙人」といい、自分も「宇宙人に誘拐されて金星に行った」「私はトム・クルーズが前世で日本人だったと知っている」などという。
 科学誌『ムー』で、「ミラクル対談」のインタビュアーを、梅沢富美男夫人の池田明子さんと2人で4年間務めた。
「幸さんはぶっ飛んだ話はするが、ぶれない自分の軸というものをしっかり持っていて、間違ってもおかしな世界へ行ってしまう感じがしない」(『ムー』発行人の土屋俊介氏)
 最近は由紀夫氏自身、自らの幸さんとの出会いも含めて、世の中の不思議な現象に関心を持つようになった。議員仲間で「人間サイエンスの会」を作っているほどだ。
 由紀夫氏に選挙区の室蘭に「愛人」がいることが発覚したとき、幸さんは「私もいけなかった」といって夫をかばった。「こんなことで関係は壊れない、もっと高いレベルでの結びつきがある」とも週刊誌に語っている。
 しかし今後、夫は「政治献金問題」で窮地に立たされる局面がやってきそうだ。そのとき幸さんはどうやって鳩山ファミリーを守るのか。




(2009年11月号掲載)
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