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発明家・齋藤憲彦 対アップル戦争に勝つ
巨大企業に挑んだ男たち
市井の技術者による衝撃的な勝訴が「モノ作り日本」の誇りをも取り戻させた


■アップルから3億4千万円を
「被告は原告に対し、金3億3千664万1千924円を支払え」  東京地裁(高野輝久裁判長)は9月26日、米アップルの日本法人による特許権侵害を認め、賠償を命じる判決をいい渡した。   約3億4千万円を勝ち取ったのは、発明家の齋藤憲彦氏(56歳)。アップルの音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」に、「自分が発明した特許技術が無断で使われている」と主張、'07年2月に提訴していた。 損害賠償の請求額は100億円。アップルの主力製品に関する特許侵害の訴訟で、日本人が勝ったのは初めてだ。  画期的な発明には違いないだろうが、肝心の齋藤氏は失礼ながら無名で、今回の勝訴後も記者会見をしなかった。 どんな人物なのか。  本誌は、東京から2時間ほど離れた地方のある町にひっそりと暮らす齋藤氏を発見し、取材することができた。だが、氏は最初、「いいたいことは沢山ありますが、(勝訴後の10月9日に知財高裁に控訴し)裁判を継続中なので、訴訟については何も話せません」という。   その点は弁護士に聞くとして、「せめて発明の経緯だけでも」と食い下がると、滑らかに語り始めた。 「大学卒業後にある大手国内メーカー系のソフトハウスに就職しました。 当時はパソコンを『インテリジェント・ターミナル』と呼んでおりまして、私は会社の仕事としてBIOS(バイオス)(基本入出力システム)のプログラムをやったんですね。それが今の発明のきっかけです。 25歳の頃の話なので、ちょうど30年前ですか」  BIOSとは聞き慣れないかもしれないが、今のウインドウズなどの基本システム(OS)を使うパソコンには必ず組み込まれ、パソコン起動時に自動的に実行される。 キーボードやハードディスクなど各種周辺機器を制御するという重要な役割を担うプログラムだ。 「いわばOSの心臓部を作るという、とてもラッキーな経験をさせてもらいました。 その後はロボットの制御プログラムを手掛けました。私はソフトウエアのエンジニアなのですが、ハードウエアも分かる。今アップルと争っている入力装置も、ハードが分からないと作れないソフトといえるでしょう」(齋藤氏)  ここで、齋藤氏の代理人・上山浩弁護士に登場してもらおう。 京大理学部卒業後、富士通に入社し、大型汎用機用OSの設計に携わった経験を持つ異色の弁護士だ。 「私のコンピュータ・エンジニアだったという経験や、マイクロソフトの特許侵害事件で同社の代理人をした実績を齋藤さんが知って連絡をもらいました。 実は、その数か月前の'04年1月、齋藤さんはアップルとライセンス交渉を始めていたのです。齋藤さんはある技術を発明し、『それをアップルがiPodに採用すれば操作性が良くなる』と考え、アップルに売り込んでいたのです」



■iPodの指先操作を容易に
 アップルは'01年10月、iPodの初代モデルを発売した。当時の最高経営責任者スティーブ・ジョブズ氏は、製品発表会で自らこう説明した。 「携帯型電子機器というのは操作が難しいものだ。我々はアップルが誇る簡単操作思想を適用し、衝撃的な製品ができた。 製品中央に配置した『スクロール・ホイール』という装置は、非常に長い(歌手名や曲名などの)リストをすばやく検索できる」  車輪状の「スクロール・ホイール」を指先でなぞることで、製品上部の画面に最大1千曲の名称や歌手名などをスクロールさせ、好みの曲を探す。 好みの曲に辿りついたら、車輪の軸に当たる中央部に配置されたボタン上に指先を移動させ、ボタンを押すと選曲が完了し、演奏が始まる。  上山氏によれば、齋藤氏が発明した技術はアップルの「スクロール・ホイール」をさらに進化させたもので、中央部のボタンを廃し、好みの曲が見付かったら、指先を移動させることなく、そのままの位置で押すことで選曲が完了するというもの。 ボタンがない分、齋藤案の方が指先操作が簡単だ。 「齋藤さんはアップルとの交渉に際し、自ら出願した特許を示して説明したのですが、結果的に交渉はまとまりませんでした。 ところが、交渉が決裂した後、アップルは齋藤さんの特許技術と同じものを『クリック・ホイール』と称して、新型iPodに採用したのです(発売日は'04年7月19日)」(上山氏)  そう聞くと、「アップルは齋藤さんとの交渉で知った特許技術を無断で新型iPodに採用した」と思いがちだが、そうは断定できないという。 「アップル社内で偶然、齋藤さんの発明と同じ技術を考案したという可能性はあります。 ただ、仮にそうであったとしても、アップルが『クリック・ホイール』と呼ぶ技術は、齋藤さんが特許を出願した技術と同じであるなら、アップルはその対価を先に出願した齋藤さんに支払うべきだと考えられるのです」(上山氏)



■粗食と禁煙で裁判費用を作る
 東京地裁は、6年7か月かけて齋藤氏側の主張を一部認め、約3億4千万円の賠償命令となった。知財高裁ではどうか。 東京理科大大学院知的財産戦略専攻の平塚三好教授は、こんな見方をする。 「知財高裁はそもそも特許権の価値を高めるために設置された経緯があります。 知財高裁の判決が地裁とは大きく食い違うことは過去にあったし、今回の件でいえば、3億4千万円が知財高裁では10倍、20倍の判決になっても驚きません」  実は、齋藤氏は経済的にあまり余裕がない暮らしをしているようだ。 請求額100億円の場合、裁判所に納付する手数料だけで1千万円以上かかるというが、どう賄ったのか。 「それはいえませんが、真っ当な方法で調達しました。ただ、お金には苦労しています。 私は専業の発明家なもので、大学の研究者と違って、研究費や給料をもらえるわけではありません。 ここ数年は、アップルの件で膨大な作業を強いられて身動きが取れず、発明の仕事に専念できません。 アップルは世界中でiPodを売って大儲けしているのでしょうが、こっちはサンマと(国内たばこで最も安価な)ゴールデンバットですよ。 それも吸えなくなって、お蔭で禁煙できましたけどね(笑)」(齋藤氏)  氏は、もし100億円を手にできたら「半分は税金で持っていかれるでしょうが、残りを使って未来志向の入力装置の研究所を造りたい。 世界の人が使ってくれそうなコンセプトがあるんです。日本の技術者にはそれぐらいの実力があることを世界に見せたいですね」という。  知財高裁の判決は早ければ約1年後だという。再び平塚教授が語る。 「齋藤さんは、もしかすると第2、第3の松下幸之助になる人かもしれません。 勝訴すれば、日本の技術復権になるのは間違いないでしょう」 「モノ作り日本」の将来も懸かる。。

(2013年11月号掲載)
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