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■米人気俳優もオバマに直談判
「スペイン・ショック」が北京の中南海を揺さぶり続けている。 チベット民族大虐殺の罪状で、スペインの裁判所（全国管区裁判所）が、中国の江沢民元国家主席や李鵬元首相にチベット民族を虐殺し拷問した罪で「逮捕状」を出した。
いわば中国の指導者が、先進国の裁判所から国際刑事警察を通じ国際的に指名手配されたわけで、中国共産党の威光は台無しとなった。
「江沢民だけでなく、習近平国家主席にも及ぶのではないか」 中国共産党が懸念を強める中、米国のキャロライン・ケネディ駐日大使が安倍政権も巻き込み、密かに反中「人権外交」に動き始めた。
「中国の人権問題に関するレクチャーが足りない」――。ケネディ大使は赴任前に、米国務省のレクチャーでこう不満を漏らしたという。対中経済に傾斜しすぎた米民主党にとって、こうした「リベラル派の巨頭」（米紙）の発信力は重みを増す。
「安倍晋三首相にケネディ大使からある提案が来ている」と官邸の関係者は打ち明ける。それはアジアの人権状況に関する日米共同声明の腹案であり、今春のオバマ大統領訪日時に日米同盟強化の新たな柱の一つにする構えだという。
軍事面だけでなく人権尊重、民主主義大国としての国際法的なアプローチで中国に変革を迫る目論見だ。 日本に赴任したケネディ大使が、首相官邸に続き初めて向かった日本の官庁は法務省だ。
'13年12月、ケネディ大使は谷垣禎一法務相を訪問。大使は「人権、法の支配の価値観を共有する日米両国が開発途上国の法整備、人権擁護などの支援を行ってはどうか」と提案したという。名指しこそしていないが、アジア最大の開発途上国はいうまでもなく中国だ。
欧米の司法界では、チベットの僧侶虐殺やスーダンのダルフールの市民大虐殺で、中国側の「人道に対する犯罪関与」を非難する論調が溢れている。
特に米映画界のスターたちは、市民を虐殺したスーダン政府を全面支援する中国側への圧力を、米政府に強く求めており、ハリウッドと深い関係を持つケネディ家にも悲痛の声は届いている。
人気俳優、ジョージ・クルーニー氏はダルフール虐殺の停止を求め、オバマ大統領に直談判したほどだ。 今回、チベット人の人権団体が、スペイン裁判所に中国の指導者を告発する訴訟活動を続けたのも、こうした「在野の米リベラル派の強力な支援」（米紙）があったからなのだ。
中国共産党では、少数民族の弾圧は出世の早道だ。チベット弾圧は胡錦濤前主席の功績であり、習氏にはウイグル平定の大功績がある。
だが、「平定」とは名ばかりで実質、軍事力を駆使した市民の弾圧であり「虐殺だ」（エルドアン・トルコ首相）。チベットの人権団体には米国の著名人も多く名を連ねており、今回の判決は「米国の共同謀議」（中国紙）だと、中国側は猜疑心を高めている。
■中国ではネットでも報道規制
スペインの裁判所の判決は無力ではない。江氏や李氏が仮に欧州に入れば、その判決が無効にならない限り、たちどころにスペイン政府の要請で逮捕されるのだ。
チリのピノチェト元大統領は、人権弾圧の罪状によりスペインの裁判所判事の要請で逮捕状が発効され、英国に逃げたが、スペイン政府の要請で英国警察が身柄を拘束し逮捕した。
スペインだけでなくドイツ連邦裁判所も最近、国境を越えたジェノサイドなどの国際的な犯罪を裁く普遍的管轄権を認め審理することを決めた。
ドイツ法務省はそのための検察部門まで立ち上げ、国際犯罪の摘発に手ぐすねをひく。ドイツ連邦裁判所など世界の先進国の裁判所で、人権団体から民族虐殺の罪状で訴訟を起こされれば、中国の威信は地に堕ちる。
ケネディ大使の密かな動きはこうした潮流の中心にある。 '07年にオランダのハーグに創立された国際刑事裁判所（170か国以上が加盟締結）には、米欧の人権団体から逮捕リストが出回り、チベットを弾圧した中国歴代指導者の名前が列挙されているという。
すでにダルフールの虐殺では、スーダンのオマル・バシール大統領に逮捕状を出している。 「江沢民は高齢で海外出国はしないため逮捕はない。しかし習近平に逮捕状が出れば、欧州などに出国した途端に逮捕される事態が起こりうる」（香港のジャーナリスト）という。
中国の大手メディアでは「江沢民に逮捕状」は報道禁止だ。インターネットでニュースは出回っているが、中国外務省の高官がスペインの有罪判決を非難した場面などは、中国のテレビ報道では全てカットされた。
「軍事力の行使よりも、こうしたソフトパワーのアプローチで共産党体制の支配を揺さぶる手法が中国には痛い」とある外交専門家は分析する。 それは中国国内で習体制に不満を持つ少数民族や、共産党の特権廃止を求める中国の「新公民権運動」の改革勢力にも力を与えるからだ。
■世界の人権団体が反中で連携
習政権は危機感を募らせ、体制を揺るがす人権攻勢に反撃し始めた。 共産党中央宣伝部は「民主主義の価値」に反撃するよう各地方の関係機関に指示、「西洋が宣伝する民主主義や普遍的価値は共産党から陣地を奪うための虚偽であり幻だ」（湖北省宣伝部長）と報道各社に語り、イデオロギー闘争を猛烈に展開する。
海外では特務機関を駆使し、世界各地の少数民族を支援する人権団体の訴訟潰しに狂奔する。中国が念願の国連人権委員会理事ポストを獲得したのも「人権団体の訴訟の動きを事前に封じ込め、背後から圧力をかけるためだ」と人権団体幹部は話す。
スペイン政府にはさらなる経済制裁をちらつかせ、司法権の行使を牽制。ドイツには「欧州の友」と中国が見做すメルケル首相の抱き込み作戦を強化し、ドイツ連邦裁判所の暴走阻止に懸命だ。
中国は最近、ドイツ連邦裁判所に、米欧の人権団体が、民族虐殺の罪状で中国指導者を訴える動きを水面下で始めたという情報をキャッチした。
さらに中国の人権蹂躙非難が国際的に強まる中で、親中派の権化だったメルケル政権も微妙に風向きが変わってきた。
'13年12月、ドイツでメルケル女史を首相とする大連立政権が樹立。しかしそこに盛り込まれた連立協定には、中国への人権批判が盛り込まれ、中国と対立する日本には「ドイツ外交の支柱」と、アジアの民主主義国日本を見直す文言が挿入された。
「人権団体はスペイン判決に励まされ、中国を世界の裁判所に告発する準備で連携を取ろうとしている」と在京の中国人記者は警戒する。 香港の人権活動家がこう期待する。 「習近平に逮捕状が発令されれば、その衝撃は江沢民への逮捕状の比ではない。
現職国家主席への逮捕状はネットで拡散し、習政権を内側から打倒する起爆剤になる」
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