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■日本式経営は「20世紀の亡霊」
「事業再生には（財務リストラに加えて）新しい戦略、新しい経営、新しいお金、新しい人材、すべてが必要だ。ノスタルジーにひたり続けたい人々には『なにもそこまで厳しいことを一度にやらなくても。日本には日本のやり方が……』と尻込みする」
「商事法務」から昨年10月に出版された『産業再生機構 事業再生の実践 第�４�』の冒頭部分で、産業再生機構代表取締役専務の冨山和彦氏がこう書いている。この『産業再生機構 事業再生の実践』は３部作で、産業再生機構（以下、機構）の実践に基づいた事業再生ビジネスのノウハウを記録したものである。冨山氏はこの中でしきりに「20世紀の亡霊」という言葉を使用し、それまでの日本式経営、日本式の事業再生手法を批判している。そして、今年３月、機構は当初の役割を終えたとして「解散」する。
しかし、ちょっと待ってほしい。機構が取り扱ったカネボウの「再生」とは、冨山氏がいうような、それほど立派なことだったのか。機構のやったことはカネボウの「興洋染織詐取・横領」に加担する犯罪的行為だったのではないか。その汚い部分にフタをし、何が「事業再生には新しい戦略、新しい経営、新しいお金、新しい人材、すべてが必要だ」か。寝言をいってもらっては困る。
機構は、'04年３月10日、カネボウと三井住友銀行の連名での支援要請を受け、同日、産業再生委員会（高木新二郎委員長ほか６人の委員で構成）を開き、カネボウへの（カネボウ化粧品を含めた）一括支援を決定した。これより、カネボウは実質的に機構の支配下に置かれることになる。
'04年５月、カネボウは、カネボウ化粧品とカネボウ本体（トイレタリー、医薬品、食品の３事業などを引き継いだ）に分割された。その後、３次にわたる入札を経て、機構はカネボウ化粧品を花王に約４千100億円で売却。カネボウ本体については、国内投資会社３社（アドバンテージパートナーズ有限責任事業組合、株式会社ＭＫＳパートナーズ及びユニゾン・キャピタル株式会社）が設立したトリニティ・インベストメントに約300億円で売却した。
その後、不正経理操作による組織的な粉飾決算が恒常的に行われてきたことも判明し、これをもって'05年５月には東京証券取引所がカネボウの上場廃止を決定した。上場廃止時の株価はわずか360円だった。
カネボウ本体を買収した国内ファンド連合３社は、'06年２月に、360円を大幅に下回る１株162円でＴＯＢ（株式公開買い付け）を実施した。ところが、あまりにも安値だったため、予定数の半分以下しか応募がなく、10万人の株主のうち１万人程度しか応募しなかった。ファンド連合の横暴さに株主は激怒し「カネボウ個人株主の権利を守る会」を結成、東京地裁に「株式買収価格決定申請」するとともに株主代表訴訟の提訴、そしてカネボウ経営陣を特別背任罪で刑事告発している。
機構がカネボウに対して行ったことは、どこをどうとってみても冨山氏のいうような「再生」などというものではない。機構は、カネボウの粉飾決算の原点である西川興洋染織詐取・横領事件という事実があるのに、目を開いて見ようとはしなかった。
■時効を口実に真相究明を避け
以下、機構がカネボウの粉飾決算の背景にある興洋染織詐取・横領事件に目をつむったいくつもの「証拠」を例示していく。
カネボウは'04年１月７日、東京・兜倶楽部（証券記者クラブ）で、「子会社の興洋染織に貸し付けた522億円」が焦げ付き、それが原因で経営危機に陥ったと発表した。だが、このプレス・リリースは真っ赤なウソ、でっち上げであった（本誌'06年10月号、連載第１回で詳報）。カネボウは、アクリル原糸の主要取引先であった西川文平、四郎兄弟の経営していた興洋染織（西川興洋染織）を詐取・横領し、外部からはわからないように「西川興洋染織」とそっくりの「カネボウ興洋染織」をでっち上げて子会社とし、粉飾取引をしていたのだ。
そのあまりの煩雑さ故に、カネボウの興洋染織詐取・横領事件はマスコミでもほとんど取り上げられることもなく、機構が知らなかった振りをしても、通る状況だった。
次に機構は、'04年３月10日、カネボウへの支援を決定したその日、カネボウが'04年３月期に「グループ全社の抜本的改革に着手するため」として、２千億円の特別損失を計上、「連結で１千750億円の赤字になる」と発表した。内訳は繊維事業１千70億円、化粧品事業200億円、食品事業480億円などとなっていた。
いやしくも、カネボウの再生支援に取り組もうという機構のスタッフが、２千億円もの特別損失の中身を知らずして再生できるはずはない。
さらに、帆足隆社長・会長から後継に指名されたカネボウ本体の中嶋章義社長は、元東京地検検事の鈴木祐一弁護士を委員長とする「経営浄化調査委員会」を設置。過去の決算や取引の調査に乗り出した委員会は、５年以上も前の取引は証券取引法の時効にあたるとして、'00年３月期までしか遡って調査しなかった。それでも「カネボウ興洋染織」に、522億円もの貸し付けがなぜできたかを表面的には明らかにした。
しかし、時効の壁があろうがなかろうが、カネボウのカネボウ興洋染織への522億円の貸し付けは“偽装”だったのだから、そこまで解明しなければ「経営浄化調査委員会」の役割は果たせないはずだ。だが、５年間で時効という「口実」を持ち出し、真相究明を避けるのである。
当時、『週刊朝日』（'04年３月19日号）、『週刊エコノミスト』（'04年５月18日号）、さらに、『週刊東洋経済』（'04年７月３日号）などが、二つの興洋染織があったことを報じ、「粉飾会計疑惑」の奥の深さを書きたてていた。
機構はそのカネボウを再生しようとしているのに、こうした報道に対して何の反応も示さなかったのは、いかにも不自然だ。「ヤブヘビ」になることを恐れたとしか思えない。
■興洋染織問題は見て見ぬフリ
現カネボウ・トリニティ・ホールディングス常務執行役の豊福信也氏（石原社長体制でのカネボウ経理部長）は、西川興洋染織やカネボウ興洋染織の取締役、清算人を務めていた当の本人である。豊福氏と面談すれば、西川興洋染織の詐取・横領事件の全貌はすぐにもわかるのである。
カネボウの機構入りを進めたのは三井住友銀行などだった。旧さくら銀行（現、三井住友銀行）から来ていた宮原卓カネボウ副社長らが、西川興洋染織詐取・横領のシナリオを書いた当事者だからである。機構のスタッフは、三井住友銀行から、二つの興洋染織のことを事情聴取できる立場にいた。機構は要するに、詐取・横領の全貌を把握していたが、あくまでも知らない振りをしていただけなのだ。
また、カネボウの帆足社長・会長は三井住友銀行の強い圧力を受けて、花王との売却交渉中（'03年10月以降）、花王に事業資産の査定を許したことがある。花王が派遣したのは、ゴールドマン・サックス証券のアドバイザーチームである。会計士、弁理士、弁護士など50人近いスタッフが約２か月間にわたって、カネボウのあらゆる事業の査定作業を実施したのである。
「それは蟻一匹も見落とさないほど徹底したもので、例えば小田原の化粧品工場、技術資料、その他、銀座のカネボウビル、山水庵、絵画など、あらゆる物を査定していきました。カネボウは、機構入りする前に、花王に丸裸にされていたのです」（カネボウ元幹部）
機構のスタッフは、花王からこのときの資産査定の資料を入手できる立場にいたのである。
また、日本経済新聞は'04年８月17日、「カネボウを提訴、解散子会社の旧経営陣」との見出しで、機構の支援下で再建中のカネボウが提訴されたことを報じている。興洋染織を詐取・横領された旧経営陣の西川兄弟が、カネボウに「西川興洋染織を返還せよ」と、提訴したという内容だ。
'04年10月29日には、西川兄弟は、西川興洋染織が詐取・横領された経緯、先述した豊福信也氏が西川興洋染織の営業用全財産を「カネボウ興洋染織」へ移転したことなどを記した「通告文」を発し、西川興洋染織の財産返還を求めている。あて先はカネボウ代表執行役員の中嶋章義氏、カネボウ経営浄化調査委員会の鈴木祐一氏、産業再生機構、豊福信也氏、報道関係各位となっている。
西川兄弟は'05年１月11日には、司法記者クラブを通じて、「カネボウに無償寄託した全財産の返還請求訴訟を提起した件」と題して、ニュース・リリースも出した。そこには、カネボウに全財産を詐取・横領されて、丸裸にされた西川兄弟が「本人訴訟」として提起したことや、大阪地方裁判所が（西川兄弟の）訴訟費用の救助申立を認めたことなどが記載されていた。
そして、'05年４月22日に、西川兄弟が、カネボウ元社長・会長の石原聡一氏、カネボウ前社長・会長の帆足隆氏、現カネボウ代表執行役員・会長の中嶋章義氏を大阪地方検察庁に業務上横領で刑事告訴した事件は、同特捜部が立件した。民事訴訟も一斉に大阪地裁に提起された。
以上のような「証拠」から、機構のスタッフは、カネボウの西川興洋染織詐取・横領事件のいきさつを熟知していたのである。
要するにカネボウの回収不能となったカネボウ興洋染織への522億円の債権というのは、もとはといえばカネボウの赤字分であるものを、西川興洋染織を詐取・横領してでっち上げたカネボウ興洋染織に“飛ばしていた”ものなのだ。機構、産業再生委員会は、カネボウの赤字を実質、肩代わりしただけである。これでは、機構はカネボウの西川興洋染織詐取・横領に加担したといわれても仕方がない。
■名門企業を手がけ名を上げる
そもそも機構は、国家の方針として「産業再生を実現」する目的で設立された。その活動方針とは、こうだ。
(1)中立性、公平性、高い倫理観を共有する産業再生策の一級の専門集団を組織します。
(2)専門集団は国家国民への精神を忘れず、真摯に取り組み、最高の技術を駆使して最善の結果を目指します。
(3)略。
(4)顧客である金融機関、事業会社に対しては誠意と丁重さ、そして公平無私な姿勢をもって対応します。
(5)産業再生機構の全社員は、その性格上、絶対的に守秘義務を遵守します。
機構は、カネボウの西川興洋染織詐取・横領事件を知っていて、無視、黙殺した。このことは機構設立の目的や行動指針などに照らし合わせても、明らかに常軌を逸している。興洋染織問題と正面から向き合い、解明することを回避したのだ。
それまで機構が手がけた案件は九州産業交通、ダイア建設、うすい百貨店、三井鉱山、マツヤデンキ、金門製作所など、地方の中小、中堅企業ばかりだった。機構のスタッフは、もっと大きな、有名企業を手がけて名前を上げたがっていた。
機構は、名門・カネボウの「再生」を手がけることで自分たちの名を上げようとし、そのために西川興洋染織問題を黙殺したとしかいいようがない。
機構は、傘下に入った企業を「顧客として扱う」「公平、親切に」「守秘義務は守る」という行動指針を持っていたが、これもウソだった。
「いってみれば、（機構は）占領軍そのものでした。機構から派遣されてきたスタッフは、会長席に陣取り、何か用事があるとカネボウ社員を会長席に呼びつけ、大声で怒鳴りつけたり、なにか命令したりしていました。機構にかけていた期待は、とんでもない幻想でした」（カネボウ元幹部）
■カネボウは最大の「失敗案件」
機構のカネボウ再生の手法は、はじめから疑問だらけだった。
まず、機構は再生に入るとすぐにカネボウの化粧品事業を分離、独立させた。カネボウの願いは一体再生にあったのに、機構のスタッフはなぜか願いを無視し、化粧品を分離してしまう。
「化粧品を分離して、町工場化したコア３事業（トイレタリー、医薬品、食品）でカネボウの再生を図ることなど、まったく無理な話だ。三井住友銀行が描いたシナリオに乗ったともいえるが、それほどカネボウ本体の粉飾決算の顕在化を憂慮していた。つまり、カネボウ興洋染織問題が出てくるのを恐れ、銀行もそのことを熟知していたのだ」（カネボウ元幹部）
以後、機構は分離独立させたカネボウ化粧品を窓口にして、カネボウ本体に資金を投入していく。機構は、最初からカネボウ本体の再生には及び腰だったのである。
もっとも疑問に思われたのは、カネボウ本体の事業売却を行っているときに、その一方で、ほとんど同時進行でスポンサー候補企業の選考に入ったことだ。これは、本体の再生に手をつけてみたが、「とても手に負えない」と判断、カネボウの再生ではなく事業売却、解体に踏み切ったことを示すものだと考えられる。
機構は元々、カネボウが上場されていることを前提に、株式による出口戦略（エグジット）を考えていた。だが、その出口戦略がカネボウの粉飾決算が明るみに出たことで上場廃止になってしまったために狂ったこと、また、カネボウ本体の粉飾決算額が３千571億円とあまりにも巨額なことから、機構の方針は「分離再生」から「一体再生」というように、二転三転した。
そして、スポンサー企業を公募した後は、コア３事業は国内ファンド３社に、分離したカネボウ化粧品は花王へ売却することで、カネボウ再生に決着をつけてしまった。
機構は、要するにカネボウ再生が手に余り、カネボウを再生するどころか解体し、放りだしてしまったのである。実に無責任極まりないやり方で、機構にとって、カネボウは最大の失敗案件であった。
そこで本誌では、産業再生機構の斉藤惇代表取締役社長と冨山和彦代表取締役専務に、以下のような趣旨の質問状を送付した。
〈質問項目〉
(1)（先述したような、機構が、カネボウによる西川興洋染織の詐取・横領事件を知っていたはずだという「証拠」を挙げたうえで）機構はカネボウの「西川興洋染織」の詐取・横領事件は把握していたことになります。そうなると機構は、すべて承知の上で「西川興洋染織詐取・横領事件」を黙殺したことになり、三井住友銀行や法律事務所などとともにカネボウによる「西川興洋染織」の詐取・横領に加担したことになります。そのことについてはどのようにお考えでしょうか？
(2)機構は、カネボウにとって最大の収益部門であったカネボウ化粧品をカネボウ本体から分割して花王に売却しました。そしてカネボウ本体には食料品などの３事業だけが残り、いずれ「カネボウ」というブランドも使用できなくなることになっています。優良事業のみを分割・売却し、本体はそのまま消えていくことになるのですが、それは果たして「再生」といえるのでしょうか？
以上２点に対する返答は以下のようなものだった。
(1)弊社の業務は当該事業の再生であり、カネボウ社に関しても再生可能との判断のもと支援を決定しています。なお、弊社の業務はご指摘のような事実関係の調査をすることが目的ではなく、ご質問の件に関しては、それについて行われている手続きに委ねられるべき事実であると考えますので、コメントを控えさせていただきます。
(2)スポンサーとなった民間事業者は、公平・公正な入札手続きにより、選定されたものであります。
■「解体」の結果責任には答えず
まず(1)だが、西川興洋染織の詐取・横領事件に関して、知っているとも知らないとも答えず、そのようなことを調べる目的はない、という。しつこいようだが、状況から見て機構が知らなかったとは考えられない。半官半民とはいえ、仮にも国家事業として活動している機構が、そのような犯罪行為に加担していいものか。
確かに機構がいうように、現在も訴訟は係争中である。しかし、カネボウが西川兄弟を欺き、約定を一切秘密裏に違背し、西川興洋染織を消滅せしめている事実は商業登記上、疑いのない事実なのだ。
カネボウ元幹部が機構のホンネをこう語る。
「機構が、西川興洋染織の詐取・横領事件を軽視あるいは黙殺したのは、西川興洋染織の詐取・横領の刑事告訴が、カネボウに丸裸にされた西川兄弟本人（個人）によるものであったからだと思います。西川兄弟に大法律事務所がついているわけでもなく、機構からすれば、西川興洋染織の詐取・横領事件は、取るに足らない訴えだったのに違いありません」
民事訴訟については、カネボウは証拠を根こそぎ隠滅しているから、裁判で勝てると考えたのであろう。
(2)についてはまったくこちらの質問に答えていない。本誌が問うているのは、「再生させる」といいながら実態は「解体」だったことに対する結果責任であり、ファンドへの入札手続きについて疑問を呈しているわけではない。機構は、適正な手続きだったから、その後カネボウがどうなろうと知ったことではないというのか。
機構は今年の３月に、およそ300億円もの利益を計上して、解散する（設立時の予定を１年前倒し）。現在、機構で経験を積んだスタッフが独立し、「ミニ機構」のようになって事業再生ビジネスを展開し始めている。
本誌では、機構においてカネボウ案件を手がけ、現在独立して事業再生支援会社を立ち上げた、フロンティア・マネジメントの代表取締役である大西正一郎氏と松岡真宏氏にも機構に送った内容と同じ質問書を送った。しかし、「産業再生機構で扱った案件については守秘義務があるのでお答えできない」との回答だった。
また、産業再生委員会の高木新二郎委員長にも同様の質問状を送付したが、期日までに回答はなかった。
機構の無責任はここに極まる。（以下次号）
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